美大生の総合メディア PARTNER-Web


株式会社竹尾  取締役社長 竹尾稠


株式会社竹尾 取締役社長 竹尾稠


1899年、洋紙問屋として東京・京橋(間もなく神田神保町に移転)で創業。 紙の専門商社として、質の良さにこだわったファインペーパー(高級特殊印刷用紙)を中心に幅広い種類の紙を取り扱う。3000種類の紙に触れることができるショップ、情報収集・発信の場としての見本帖本店。TAKEO PAPER SHOWをはじめ様々な展示会を開催、紙の文化を広めている。
株式会社 竹尾


創業112年の歴史を持つ紙の専門商社、株式会社竹尾へ現在に至る会社の歩みから、紙へのこだわり、TAKEO PAPER SHOWなどの文化活動について、取締役社長である竹尾稠さんにお話をうかがった。紙をとりまく環境は今後どうなるのだろう。



―― 会社の歩みについて教えてください。

1899年に創業し、今年で112年、私は5代目の社長になります。
その歴史の前半50年は、この神田界隈の教育関連の出版社、製本会社、印刷会社へ書籍本文、装丁用紙などを納めていました。
当時、装丁用の紙の多くは輸入品でしたが、昭和の初め頃より国内の製紙メーカーと協力して輸入品に替わる国産の洋紙をつくり、その頃から幅広い種類の紙を取り扱っていました。
そして後半の60年は、デザイナーの方々との関係が深くなりました。
特にグラフィックデザイナー原 弘さんとの出会いが、現在の竹尾の特徴を作り上げた一つになっています。
原 弘さんは、グラフィックデザイン・ブックデザイン・タイポグラフィなどで活躍された方です。竹尾は原 弘さんとの連携で、装丁関係の紙をつくろうと製紙メーカーの特種製紙(株)さんと共同で、様々な出版・印刷用紙を開発してきました。現在でも多く使われているマーメイド、サーブルは当時の開発した商品です。また、同じく後半60年の中頃からはヨーロッパやアメリカの紙の情報収集、輸入、販売もしてきました。紙があればそこには必ず文化があり、海外の紙とデザインの紹介が戦後、日本のデザイン業界の歩みとかなり合致しています。つまり、竹尾はグラフィックデザインと共に歴史があるとも言えます。


インタビュー風景
―― 会社の中で大切にしている理念などはありますか?

「創造する」つまり、数年先を読んで市場が欲しいアイデアや「新しいもの」を創るということです。だから、メーカーと連携して新しい紙を開発したり、海外に開発した紙を輸出したり、海外の紙を輸入したり……。
市場がないからものがない。ならば竹尾が市場とものをつくる。それが「新しいモノ」をつくるということなのです。
page1-page2-page3